稀勢の里 四股名の由来は?過去の四股名も調査!十両昇進は歴代2位!

   

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世間の注目は稀勢の里関の今後に集められています。

自身の進退をかけて初場所に臨んだ稀勢の里関ですが、初日からまさかの3連敗(2019年1月15日現在)、

テレビでその様子を私も見ていましたが、

あの独特な異様な空気感、横綱が毎日のように負け続ける姿に落胆する観客。

普段なら金星ということで横綱に勝った者に対して座布団が舞うなど大盛り上がりなのですが、

そういったこともなく。

ただただ、横綱が負け続けたという事実を信じられないという重い空気を場内を包んでいました。

まあ、勝負事の世界なんでね。負けは負けで事実として受け止めないといけないとは分かるのですが・・・

相撲界の横綱は勝つことを宿命づけられているんだなと、

横綱の責務というものを感じさせられる今日此の頃です。

稀勢の里関の今後の進退についてはご本人と師匠の田子ノ浦親方で決められると思うので、いち視聴者の身としてはその結果をただただ待つのみです。

ということで、今回は、稀勢の里関についてスポットを当てていきます。

「稀勢の里」という四股名の由来について調べてみました。

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それでは少しの間お付き合いいただければと思います。よろしくお願いいたします。

 

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稀勢の里 四股名の由来は?

稀勢の里関の「稀勢の里」という四股名の由来について調べてみました。

2004年の頃ですね、

新入幕を果たした時に「稀勢の里」としたのですが、

その四股名の由来ですが、

「稀な勢いで駆け上がる」という意味を込めて師匠が提案したとのこと。

「里」については稀勢の里関ご本人がに希望があったそうなので、

「稀勢の里」とされたようです。

一般的なのかどうかはちょっと自信ないですが、

幕内を果たしたタイミングで四股名をつけるという力士が多そうですが、

稀勢の里関もその1人でそれまでは別の四股名だったんですね。

 

横綱の稀勢の里

 

稀勢の里 過去の四股名は?

稀勢の里関ですが、

今の四股名になる前は、

本名を四股名としていました。

ちなみに、稀勢の里関の本名は、

萩原 寛(はぎわら ゆたか)といいます。

昔は、どんな新弟子でも、なんとか山などの四股名をつけていたようですが、

いつからか、まずは本名を四股名にして、

十両に昇進し幕内を果たしたタイミングで四股名を変える力士が増えていったそうです。

ただ、ずっと本名を四股名にしている力士もたくさんいまして、

超有名な力士としては、

「横綱の輪島」は相撲にそこまで詳しくない方も名前くらいは聞いたことがあるのではないでしょうか。

 

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稀勢の里 十両昇進は歴代2位だった!

現在横綱となっている稀勢の里関ですが、

若い頃、十両昇進した記録が歴代2位だったことも分かりました。

ちなみに、歴代1位はあの貴乃花だったんですね。

こう考えると、若い頃から将来を期待される若手のホープだったということが分かります。

このまま周囲の期待通り駆け上がると思いきや、

新入幕からの1年間はかなり苦労をされたようです。

この辺りは他のスポーツと同様なんでしょうね。

野球で言えば、甲子園で大活躍してプロ入りしても通用するかどうかは分からない。

そこからさらに1つも2つも成長することでホンモノになるってことですね。

 

ということで、今回は、

稀勢の里関の四股名の由来について書いてきました。

それでは最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

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